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東京地方裁判所 平成10年(ワ)15083号 判決

平成一〇年(ワ)第一五〇八三号 特許権侵害差止等請求事件

平成一一年(ワ)第一七二七九号 同反訴請求事件

原告(反訴被告)

三鷹光器株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

山本晃夫

尾崎達夫

鎌田智

伊藤浩一

金子稔

右補佐人弁理士

【B】

被告(反訴原告)

株式会社西村製作所

右代表者代表取締役

【C】

被告

那賀川町

右代表者町長

【D】

右両名訴訟代理人弁護士

酒見康史

矢野計介

右両名補佐人弁理士

【E】

主文

一  原告(反訴被告。以下、単に「原告」という。)の請求を棄却する。

二  原告は、被告(反訴原告)株式会社西村製作所(以下「被告会社」という。)が製造・販売している別紙「物件目録」記載の装置が第二七一三八五八号特許権を侵害している旨を、被告会社の取引先その他の第三者に対し陳述又は流布してはならない。

三  被告会社のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告会社に生じた費用の一〇分の一を被告会社の負担とし、被告会社に生じたその余の費用並びに原告及び被告那賀川町に生じた各費用を原告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  原告の本訴請求

1  被告会社は、別紙「物件目録」記載の装置(以下「被告装置という。」)を製造し、販売してはならない。

2  被告那賀川町(以下「被告町」という。)は、被告装置を使用してはならない。

3  被告会社及び被告町は、原告に対し、各自金五一〇八万二二〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社の反訴請求

1  主文第二項と同旨

2  原告は、被告会社に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本訴請求事件は、月の投影器の特許権を有する原告が被告らに対し、被告会社が大型天体望遠鏡の付属装置として製造・販売し、被告町が使用している被告装置が、原告の右特許権に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、右特許権に基づき、被告装置の製造・販売ないし使用の差止め及び損害賠償を求めている事案である。

反訴請求事件は、被告会社が原告に対し、原告は被告会社による被告装置の製造・販売が原告の有する右特許権を侵害する旨の虚偽の事実を第三者に陳述又は流布して不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為を行ったものであり、将来もこれを行うおそれがあると主張して、右不正競争行為の差止め及び損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告及び被告会社は、いずれも天体望遠鏡の製造・販売等を業とする株式会社であり、競業関係にある。

2  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

(一) 特許番号 第二七一三八五八号

(二) 発明の名称 月の投影器

(三) 出願日 平成五年一一月二四日

(四) 公開日 平成七年六月六日

(五) 登録日 平成九年一〇月三一日

3  本件特許権に係る明細書(平成一〇年一二月二八日付け訂正請求による訂正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。

「観察に十分な光量が得られる口径を有する大型天体望遠鏡の光束の取出口に、該大型天体望遠鏡とは反対側の端部である先端部が取出口よりも大径になっている筒形ハウジングを接続すると共に、該筒形ハウジングの先端部にスクリーンを設置し、取出口から導いた光束を前記スクリーンに拡大して投影可能としたことを特徴とする月の投影器。」

4  本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件をその符号に従い「構成要件A」のように表記する。)。

A 観察に十分な光量が得られる口径を有する大型天体望遠鏡の光束の取出口に、該大型天体望遠鏡とは反対側の端部である先端部が取出口よりも大径になっている筒形ハウジングを接続すると共に、

B 該筒形ハウジングの先端部にスクリーンを設置し、

C 取出口から導いた光束を前記スクリーンに拡大して投影可能としたことを特徴とする

D 月の投影器

5  本件発明は、月の像をスクリーンに拡大して投影することができるので、複数の人が同時に月の観察を行うことができるという作用効果を有する。

6  被告会社は、平成九年七月、被告町が科学体験施設「那賀川町科学センター」において使用する大型天体望遠鏡(以下「本件望遠鏡」という。)の製作設置工事を被告町から請け負い(同月一五日に指名競争入札を実施。)、本件望遠鏡と共にその付属装置として被告装置を製造し、平成一〇年一一月、これを被告町に納入した。

被告町は、同月二七日以降、同施設において、本件望遠鏡と共に被告装置を使用している。(乙第七号証によって認められる。)

7  被告装置の構成は、別紙「物件目録」記載のとおりである(以下、被告装置の各構成を同目録第三項「構造の説明」記載の符号に従い「構成1」のように表記する。)。

8  原告は、被告町に対し、平成一〇年三月二四日到達の内容証明郵便により、被告会社が製作し、被告町が前記施設において使用する予定の被告装置を備えた本件望遠鏡が、原告の本件特許権を侵害するものである旨を告知し、本件望遠鏡の設置の中止等を求めるとともに、右の求めに応じない場合には、本件特許権に基づき差止請求及び損害賠償請求を行う旨を通知した。

二  争点

(本訴請求関係)

1 被告装置が本件発明の技術的範囲に属するかどうか

2 被告会社が被告装置の製造・販売について先使用による通常実施権を有するかどうか(抗弁)

3 原告の被告らに対する差止請求の可否

4 原告の被告らに対する損害賠償請求の可否及びその損害額

(反訴請求関係)

5 不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為の成否

6 被告会社の原告に対する差止請求の可否

7 被告会社の原告に対する損害賠償請求の可否及びその損害額

三  当事者の主張

1  争点1(被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか)について

(原告の主張)

(一) 被告装置は、構成1において構成要件Aを、構成2において構成要件Bを、構成3において構成要件Cを、構成4において構成要件Dを、それぞれ充足する。そして、被告装置は、大型天体望遠鏡11内に導かれた光束10Lが、第一ハウジング15内を通り、シャッター19の位置で月の像10mを結び、このシャッター19の開放と同時に接眼レンズ18を通って拡大され、第二ハウジング16の先端部20に配された焦点板13で月の透過像10Mを映すものであり、第二ハウジング16の先端部20に設けられたカバー21を取り外すことによって観察方向10Sから月の拡大透過像10Mを観察することができるので、本件発明と同一の作用効果を有する。

したがって、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属する。

(二) 被告らは、本件発明が公知技術である旨を主張するが、失当である。昭和四〇年七月三一日発行の書籍「天体望遠鏡ガイドブック」、昭和五一年一一月一〇日発行の書籍「天文と気象 別冊・天体望遠鏡のすべて」、昭和六二年九月三〇日発行の株式会社ニコンの二〇センチメートル及び一五センチメートルの屈折赤道儀のカタログ等には、なるべく多くの光量を得て月を拡大させて投影しようとする本件発明の技術思想が何ら開示されていない。また、被告会社が昭和五九年ころに製作して生駒山宇宙科学館で使用した投影器は、実際に天体を観測するものではなく、望遠鏡の仕組みを勉強するために、建物の壁に設置した天体図の像を望遠鏡に設けたスクリーンに映し出すというものにすぎず、本件発明の技術内容であるところの月の光量で月の像を鮮明に映し出す仕組みについては、何ら明らかにされていない。さらに、株式会社五藤光学研究所(以下「五藤光学」という。)が一九六〇年代に製作したという月・太陽撮影装置についても、月を肉眼で観察できる程度に拡大投影可能な光量を確保できる構造になっているものではなく、月を光量の不足なくして拡大して投影しようという本件発明の技術思想を何ら開示するものではない。したがって、本件発明が公知技術であるとはいえない。

(三) 被告らは、本件発明の構成要件Aにおける「筒形ハウジング」は、内部に絞りやシャッターがないものに限られ、この点は、原告が本件特許権に係る特許異議の申立て(平成一〇年異議第七四〇三四号)についての審理(以下「本件特許異議の審理」という。)において提出した特許異議意見書(甲第六号証、乙第一〇号証)の記載からも明らかである旨を主張するが、失当である。原告が右の特許異議意見書で主張していることは、カメラ用の絞りやシャッターを含まないというにすぎず、ハウジング内部にシャッター等を備えればすべて本件発明の技術的範囲外であると主張しているのではない。内部にシャッターや絞りを備えていても、それがカメラ用のものではなく、大光量を確保できる月投影専用のものであれば、本件発明の技術的範囲に含まれるというべきである。被告装置にシャッターが設置されているとしても、スクリーン投影用としてあらかじめ開放した状態で使用できる構造になっており、開放時の開口寸法にしても、月の投影が可能なサイズになっている。したがって、被告装置のシャッターは、カメラ用のシャッターとは全く異なるものであり、被告装置は、構成要件Aを充足する。

(被告らの主張)

(一) 被告装置は、以下に述べるとおり、本件発明の技術的範囲に属しない。

(二) 本件発明は、昭和四〇年七月三一日発行の書籍「天体望遠鏡ガイドブック」(「サン・アンド・ムーンカメラ」に関する記載)、昭和五一年一一月一〇日発行の書籍「天文と気象 別冊・天体望遠鏡のすべて」、昭和六二年九月三〇日発行の株式会社ニコンの二〇センチメートル及び一五センチメートルの屈折赤道儀のカタログ等の各記載、被告会社が昭和五九年ころに製作して生駒山宇宙科学館で使用した投影器(大型天体望遠鏡の機能を紹介するため、その光量を利用して像をスクリーンに投影するようにしたもの)、五藤光学が一九六〇年代に製作した月・太陽撮影装置などにおいて、その構成要件がすべて開示されている。殊に、月の投影装置と月の撮影装置とは、単なる用途の相違にすぎず、五藤光学が製作した右装置は、十分な光量を得られる大型天体望遠鏡に接続して、月の像をスクリーンに拡大して投影し、複数の人が同時に月の観察を行うことが可能なものである。そうすると、本件発明は、公知の技術であり、本来特許を受けることができないものであって、その技術的範囲は、本件明細書に記載された実施例と一致するものに限定して解すべきである。

被告装置は、本件明細書に記載された実施例の構成を備えるものではないから、本件発明の技術的範囲に属しない(あるいは、本件特許権に基づく権利行使は権利濫用に当たる)というべきである。

(三) 月の像の写真を乾板(写真感光板)を用いて撮影すること、その場合、月の像の構図やピント等を合わせるために、乾板を感光させる部分に半透明の板(スクリーン又はピントグラスなどと呼ばれるもの)を設置し、その板に像を投影させてファインダーの機能(ガイド機能)を果たさせること、右の半透明の板に月の像を投影する際には、シャッターを開放にし、写真撮影する際には、シャッターを一定時間絞って、乾板に月の像を感光させることは、平成五年一一月二四日当時、既に公知の技術であった。そうすると、本件発明の構成要件Aにおける「筒形ハウジング」は、内部に絞りやシャッターがないものに限られ、内部に絞りやシャッターを備えたものは、本件発明の技術的範囲に含まれないというべきである。この点は、原告が本件特許異議の審理において提出した特許異議意見書(甲第六号証、乙第一〇号証)の記載からも明らかである。

被告装置は、乾板写真撮影装置であり、鏡筒内部に写真撮影用のシャッター及び絞りを備えているから、構成要件Aを充足しない。

2  争点2(被告会社が先使用による通常実施権を有するか)について

(被告らの主張)

仮に被告装置が本件発明の技術的範囲に属するとしても、被告会社は、本件特許権の出願の日である平成五年一一月二四日以前から、被告装置を製造・販売しており、被告装置の製造・販売について、先使用による通常実施権を有する。

(原告の主張)

被告会社が平成五年一一月二四日以前に被告装置を製造・販売した事実を認めることはできず、先使用による通常実施権を有するとはいえない。

3  争点3(原告の差止請求の可否)について

(原告の主張)

原告は、被告らに対し、被告装置を備えた本件望遠鏡の製作設置及び使用を中止するよう求めたが、被告らは、これに応じない。したがって、原告は、本件特許権に基づき、被告会社に対し、被告装置の製造・販売の差止めを、被告町に対し、被告装置の使用の差止めを、それぞれ求める。

4  争点4(原告の損害賠償請求の可否及びその損害額)について

(原告の主張)

本件望遠鏡の製作設置工事の仕様書の内容に適う装置を製造すると、実際上、本件発明を実施するほかはなく、平成九年七月当時、本件望遠鏡の製作設置工事を請け負うことができたのは、原告だけであった。しかるに、被告らは、原告から再三その旨の説明ないし警告を受け、本件特許権侵害となる可能性が高いことを知っていたにもかかわらず、同月一五日、指名競争入札により、本件望遠鏡の製作設置工事請負契約を締結し、被告装置を備えた本件望遠鏡を製作・設置したものである。これらの行為がなければ、原告は、本件望遠鏡の製作設置工事を入札価格一億四四三〇万円で請け負うことができたはずであり、被告らの右行為によって、得べかりし利益を失った。被告らの右行為は、原告に対する共同不法行為(民法七一九条)に該当するものであり、原告は、被告らに対し、五一〇八万二二〇〇円(入札価格一億四四三〇万円×平成九年度における原告の平均粗利益率三五・四パーセント)の賠償を求める。

5  争点5(不正競争行為の成否)について

(被告会社の主張)

原告は、被告町に対し、平成一〇年三月二四日到達の書面により、本件望遠鏡が本件特許権を侵害するものである旨を告知し、その設置の中止等を求めたが、右書面には、本件望遠鏡が本件特許権を侵害するものでないにもかかわらず、本件特許権があたかも本件望遠鏡本体を撤去できる根拠となるような虚偽の内容が記載されており、原告の右行為は、不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為に該当する。

(原告の主張)

原告の行為は、正当な権利に基づくもので、何ら非難されることはない。

6  争点6(被告会社の差止請求の可否)について

(被告会社の主張)

原告は、将来においても、前記5のような不正競争行為を行い、被告会社の信用を害するおそれがある。したがって、被告会社は、不正競争防止法三条一項に基づき、原告に対し、本件装置が本件特許権を侵害している旨を被告会社の取引先その他の第三者に対し陳述又は流布することの差止めを求める。

(原告の主張)

原告が具体的にどのような被告会社の信用を害する行為を行うおそれがあるのかについては、全く明らかにされておらず、被告会社の請求は失当である。

7  争点7(被告会社の損害賠償請求の可否及びその損害額)について

(被告会社の主張)

原告は、故意又は過失によって、前記不正競争行為を行ったものであり、被告会社は、原告の右不正競争行為によって、その信用を著しく毀損され、無形損害として二〇〇万円を下らない損害を被った。したがって、被告会社は、不正競争防止法四条に基づき、原告に対し、同額の賠償を請求する。

(原告の主張)

被告町は、被告会社の行為を正当なものと主張しており、被告会社の主張を前提としても、被告町との関係において被告会社の信用が失墜したことにはならず、被告会社は、損害賠償を請求し得るものではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか)について

1  甲第一号証、第六号証ないし第八号証、乙第一号証、第一〇号証、第二一号証、第二三号証の一ないし一〇、第二四号証の一ないし四、第二五号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件特許権は、平成九年一〇月三一日に設定の登録がされたが、その設定登録当時における明細書の特許請求の範囲には、「望遠鏡の光束の取出口に、望遠鏡とは反対側の端部である先端部が取出口よりも大径になっている筒形ハウジングを接続すると共に、該筒形ハウジングの先端部にスクリーンを設置し、取出口から導いた光束を前記スクリーンに拡大して投影可能としたことを特徴とする月の投影器。」と記載されていた。被告会社は、平成一〇年八月一九日、本件発明について、昭和四〇年七月三一日発行の書籍「天体望遠鏡ガイドブック」等に記載された発明と本件発明とが実質的に同一であることを理由として、特許異議の申立て(平成一〇年異議第七四〇三四号)をした。特許庁は、同年一一月六日、原告に対し、右「天体望遠鏡ガイドブック」等を引例とし、これらに記載された発明と本件発明とが実質的に同一であるとして、取消理由通知を発送した。これに対し、原告は、同年一二月二八日、特許庁に対し、明細書の特許請求の範囲を本件明細書のとおり訂正する旨の訂正請求をするとともに、特許異議意見書を提出した。特許庁は、これを受けて、平成一一年一月二五日付けで、右訂正を認めるとともに、第二七一三八五八号特許を維持する旨の決定をし、その後、右決定は確定した。

右特許異議意見書には、「乙第一号証」として、平成八年七月一日発行の書籍「九七年版望遠鏡・双眼鏡カタログ」のうち「全国公開天文台ガイド」と題された部分(「ここ十数年、大型望遠鏡を装備した施設が続々と誕生している。今年に入っても、五〇cm以上を備えた施設が熊本、徳島、茨城に開設、あるいは予定されている。」などと記載されているもの)が添付された上、特許庁が引例として挙げた右「天体望遠鏡ガイドブック」に記載された各装置に対する意見として、左記のような記載がされている(なお、右「天体望遠鏡ガイドブック」一六四頁の図51に示されたカメラを「装置①」、同二一一頁の図65A、B及びCに示された各カメラをそれぞれ「装置②」、「装置③」及び「装置④」と表記している。)。

(1) 装置①には、大型望遠鏡に使用することにより、月の投影器が成立する旨の知見が開示されておりません。これに対し、本件特許発明は、‥‥大型天体望遠鏡に限定して使用されるものであり、大型天体望遠鏡に使用されてはじめて本件特許発明の作用効果を奏することができます。すなわち、大型天体望遠鏡でないと、月の観察に十分な光量が得られないからであります。複数の人が肉眼で同時に観察することができる明るい像をスクリーン上に得るには、大型天体望遠鏡でなければならず、大型天体望遠鏡でないと像が暗くて複数の人が同時に観察できません。

望遠鏡の場合、大型であるかどうかは「口径」により決まりますので、本件特許発明における「大型天体望遠鏡」は、「観察に十分な光量が得られる口径を有する」ことを要件にしています。本件特許発明の実施例では、口径一mを例にしましたが、観察に十分な光量が得られる口径であれば、本件特許発明は成立します。具体的には、‥‥大型望遠鏡とは、「台数の少ない」ものであり、乙第一号証に挙げられているような大型天体望遠鏡が、本件特許発明の大型望遠鏡に相当いたします。

このように、大型天体望遠鏡に使用することで、複数の人が同時に観察可能な光量が得られ、月の投影器が成立するという知見を得たことが、本件特許発明の本質であり、従来暗くてピント合わせにしか利用していなかった像が、大型天体望遠鏡であれば十分な光量を得られるため、拡大しても観察できる明るさになるということが本件特許発明の最大の特徴です。正に、大型天体望遠鏡ゆえの短所(台数が少なくて多くの人が観察できない)を克服するために、大型天体望遠鏡ゆえの長所(大光量)を利用した発明であり、新規性を十分に兼ね備えたものと確信しております。

このような本件特許発明に対して、装置①は、その一六四頁第九~一三行に、「カメラといっても筒の一方にピント・グラスと黄色のフィルター、他方にフォーカル・プレーン・シャッターと映像拡大装置(ふつうはケルナー接眼鏡)がついているものです」と記載されているように、あくまでも「カメラ」であり、筒の内部には「絞り」や「シャッター」があります。例えば、‥‥一六四頁第一九~二〇行に「絞り、フィルターおよびシャッター速度を加減します」と記載されています。このように、装置①に記載されているハウジングは、あくまでも「カメラ」のボディであり、内部には光量を制限する「絞り」や、光を遮る「シャッター」が存在します。これでは、なるべく多くの光量を得て、それを拡大させて投影しようとする本件特許発明の筒形ハウジングとは技術思想を異にしており、装置①に本件特許発明の筒形ハウジングが開示されているとは言えません。つまり、本件特許発明と装置①とは、用途の違いでなく、構成が相違しております。結局、装置①は、従来公知の乾板式のカメラを望遠鏡に使用した例を示しているに過ぎず、本件特許発明と構成が同一であるとは言えません。

(2) 装置②~④は、いずれも小型の望遠鏡に使用されるものであり、本件特許発明のように大型天体望遠鏡に使用されるものではありません。

また、装置②もカメラであるため、内部に「絞り」や「シャッター」が存在しており、‥‥本件特許発明の筒形ハウジングとは技術思想が異なります。

(3) 装置③は、拡大するためのレンズは備えているものの、スクリーンを備えておりません。また、この装置③も内部に「絞り」や「シャッター」を備えており、本件特許発明の筒形ハウジングとは技術思想が異なります。

(4) 装置④は、装置③をカメラと望遠鏡に分離して示したもので、装置④を示す図65Cから、装置④に示されているものが「カメラ」であることが明確化されています。

(二) 五藤光学は、一九六〇年代に、天体望遠鏡の光束取出口(接眼部)に装着して使用する「月・太陽撮影装置」を製作した。右装置は、天体望遠鏡から導かれた月や太陽の像を装置内の拡大レンズによって拡大し、乾板(写真感光板)を用いて撮影するものであり、その構成は、別紙「図2」記載のとおりである。右装置は、望遠鏡とは反対側の端部が光束取出口よりも大きい径となっている筒体を備え、筒体の望遠鏡側の端部にはアイリス式シャッターを、望遠鏡とは反対側の端部には乾板ホルダーと半透明のピントグラスを備えており、写真の構図やピントを調整する際には、シャッターを開放して、被写体である月や太陽の像をピントグラスに拡大して投影し、写真を撮影する際には、シャッターを絞って、月や太陽の像を乾板ホルダーに設置した乾板に感光させるというものである。右装置を天体観測用のドームに据え付けられた口径四〇センチメートルの反射望遠鏡に装着すると、ピントグラスに月の像を拡大して投影することができ、複数の者が同時に月の観察をすることが可能である。

2  右認定の事実関係によれば、五藤光学の製作に係る「月・太陽撮影装置」のような装置、すなわち、天体望遠鏡の光束取出口に装着して使用し、望遠鏡から導かれた月の像を装置内の拡大レンズによって拡大し、乾板を用いて撮影するカメラであり、望遠鏡とは反対側の端部が光束取出口よりも大きい径となっている筒体を備え、筒体の望遠鏡側の端部にはアイリス式シャッターを、望遠鏡とは反対側の端部には乾板ホルダーと半透明のピントグラスをそれぞれ備えており、月の像を右ピントグラスに拡大投影してピント等を調整し得るものであって、大型望遠鏡に装着した場合でも、月の像をピントグラスに拡大して投影することができるという装置は、本件発明の特許出願当時、既に公知のものであったということができる。また、原告自身、本件特許異議の審理の過程において、本件発明に係る装置につき、元々光量の大きい大型天体望遠鏡に装着するからこそ、月の像をスクリーンに拡大投影しても、複数の者が同時にこれを観察できるものである点を強調する一方、特許庁が引例として挙げた書籍に記載された装置に対し、それらが筒体の内部に「絞り」や「シャッター」を備えた「カメラ」であることなどを理由に、本件特許発明の筒形ハウジングとは技術思想が異なる旨を主張していたものである。これらの点に、本件発明の技術的範囲の判断に当たっては、特許出願を行った出願人の合理的意思を考慮し、できる限り無効事由が生ずることのないように解釈するのが相当であることなどを併せ鑑みれば、構成要件Aにおける「筒形ハウジング」とは、内部に絞りやシャッターがなく、カメラとしての機能を全く有しない、単に投影器としての機能のみを備えたものを意味するというべきであり、内部に絞りやシャッターを備え、カメラとしての機能を有するものは、構成要件Aを充足せず、本件発明の技術的範囲に含まれないと解すべきである。このように解さないと、本件発明は右公知技術と実質的に同一なものというほかはなく、その特許には明白な無効事由が存するという結果が導かれるが、このような結果は、本件特許権の出願人である原告の合理的意思に反するものといわざるを得ない。

3  被告装置の構成は、別紙「物件目録」記載のとおりであり、乙第一一号証、第一七号証の一ないし五、第一八号証ないし第二〇号証によれば、被告装置のシャッター19は、アイリス式シャッターであって、カメラのシャッターないし絞りとして機能するものであることが認められる。そうすると、被告装置のハウジング14は、内部に絞りやシャッターを備え、カメラとしての機能を有するものであるから、構成要件Aにおける「筒形ハウジング」に該当せず、被告装置は、構成要件Aを充足しないというべきである。

4  以上によれば、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するということはできない。したがって、原告の本訴請求は、その余の点(争点2ないし4)について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  争点5(不正競争行為の成否)について

前判示のとおり、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するといえないとすると、原告が被告町に対し、平成一〇年三月二四日到達の内容証明郵便により、被告装置を備えた本件望遠鏡が本件特許権を侵害するものである旨を告知し、本件望遠鏡の設置の中止等を求めるなどした行為は、被告会社の営業上の信用を低下させるおそれのある虚偽の事実を第三者に告知したものというべきであり、不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為に該当する。

三  争点6(被告会社の差止請求の可否)について

乙第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、将来において、被告会社の取引先その他の第三者との間で、被告装置を備えた天体望遠鏡を製作設置する旨の契約を締結する可能性があるところ、その際、原告は、被告装置が本件特許権を侵害している旨をこれらの者に陳述又は流布して、被告会社による右天体望遠鏡の製作設置に関する契約の締結を妨げ、その営業上の利益を害するおそれがあるものと認められる。

したがって、被告会社は、不正競争防止法三条一項に基づき、原告に対し、被告装置が本件特許権を侵害している旨を被告会社の取引先その他の第三者に対して陳述又は流布することの差止めを求めることができる。

四  争点7(被告会社の損害賠償請求の可否等)について

原告は、被告会社との間で本件望遠鏡の製作設置工事の請負契約を締結した被告町に対して、本件望遠鏡が本件特許権を侵害するものである旨を告知し、本件望遠鏡の設置の中止等を求めるなどしたが、被告町は、本件望遠鏡の設置を中止せず、平成一〇年一一月、被告会社から本件望遠鏡及び被告装置の納入を受け、同月二七日以降、これを使用していることは、前記「争いのない事実等」のとおりであり、本件訴訟においても、被告会社とともに、被告装置の製造が本件特許権を侵害する行為に当たらないと主張して争っているものである。そして、原告が被告町以外の第三者に対し、本件望遠鏡が本件特許権を侵害するものである旨を告知した事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告会社としては、原告から被告町に対し虚偽の事実を告知されるなどしたにもかかわらず、依然として、その信用が維持されているというべきであって、原告の不正競争行為によって具体的に被告会社の信用が毀損され、これによって、被告会社に無形損害その他の損害が生じたと認めることはできない。

したがって、被告会社は、不正競争防止法四条に基づき、原告に対し、原告の不正競争行為によって生じた損害の賠償を請求し得るものではない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がなく、被告会社の反訴請求は、被告装置が本件特許権を侵害している旨を被告会社の取引先その他の第三者に対して陳述又は流布することの差止めを求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

〈以下省略〉

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